「ディベート部(社研)」の歴史と未来

大変細かくなっております。ご了承下さい。また、これなんのことや?と疑問に思うことがありましたら、メールください。

1998.10 「社会科学研究会」の前身、「21世紀社会科学研究会」(以下21社研)が発足。
1999.1 「21社研」正式に活動を認可され、討論活動をはじめる。<第一共和政開始>
 .4 社会科学研究会」(以下社研)と改名。新会員も増え、にわかに活気付く。<第一帝政の兆候>
   .5 討論に閉鎖感渦巻く。<第一帝政本格化>
   .6 現状打開のため、ディベート大会出場を決める。このときから、ディベート活動主体となる。
(大会の論題は陪審制導入の是非)<挙国一致体制へ>
   .6.12 ディベート説明会に参加。参加した二人は危機感を覚えるも皆に伝わらず。
   .7.15 桑名高校と練習試合。結果は惨敗だったが、結束感強まる。また、逃亡事件起こる。
   .7.17 桑名高校と2回目の練習試合。初の勝利を得る。皆自信を持つ。
   .7.20 ディベート大会開催。初戦は強豪、横須賀高校と対戦。ぎりぎりの勝負だったが、勝利の女神は四高に微笑む。
そして、次の試合で昨年の優勝校、東海高校と激戦するも、完敗。ところが全国大会出場校拡大により、24日の第5、第6代表決定戦出場が決まる。
   .7.24 第5、第6代表決定戦始まる。初戦は名門・岡崎高校との対戦で、勝利を手にする。二戦目は因縁の桑名高校との勝負だったが、完敗。
最終戦、対南山国際高校に全国行きのすべてがかかっていたにも関わらず、接戦の末、敗れる。涙を呑んで、金城学園大学を後にした。<挙国一致体制の解体、第二共和政へ>
   .7下旬 今までの社研の軌跡を四高祭で発表しようと「社研新聞」の作成と今までの討論を発表する準備に入る。
   .8上旬 第一帝政首謀者が作業中に乱入。(テルミドールの乱入)この事件により、彼の除名が決定する。<第三共和政の成立へ>
   .9.14 四高祭で「社研新聞」と「討論」を発表。評判は上々だった。
   .11.14 千種杯」に参加。初戦は、北の大物校・高山西高校と対決。初の完勝をする。そして、続く、準決勝・東海高校戦は完敗。無念を心に秘め、帰郷。
   .12.18 社会科学研究会1周年企画「ディベート試合 四日市vs桑名」を行う。結果はむなしくも負け。再起を決意する。
2000. 1. 1 懸念されていた2000年問題も起こらず、平和な年明けとなったように見えたが、それはこれから始まる物語の序章に過ぎなかった。
. 1. 4 ヨゼフ杯に向け活動開始!
     .1.5 代表、体の不調を訴え病院へ。すると、自然気胸であったことが発覚し、自宅療養へ。(のち入院)
.1.16 ヨゼフ杯。桑高の助けを借りて2チーム出場するも、両方ともあえなく敗退。その後、代表の見舞いへ行く。(千羽鶴ありがとうございました。<本人談>)
.2.3 代表、無事退院し復帰。(皆さん心配ならびにお世話をかけました。<本人談>)合宿に向けて活動開始。
.2.11 高山合宿1日目。ワイドビューひだに1本乗り遅れる。高山西高校で明日(2月12日)の試合に向けて準備を行う。(ちなみに参加した2人のうちの1人は「6」チームに配属され、FRIENDSHIP、FRIENDLY、SMILYを目標とした。)
.2.12 高山合宿2日目。12あるチームを4つのチームごとの3リーグに分け、リーグ優勝の3つのチームとそれ以外の中で勝ち点およびコミュニケーション点で仮の順位が決定し、○位決定戦が行われた。(ちなみにチーム「6」はなぜかリーグで2勝1敗となり、ワイルドカードとして決勝トーナメントに出場し、4位となった。)
.2.13 高山合宿3日目。朝市に行き、高山ラーメンを食べる。スキーには行けなかったが、ラーメンで腹いっぱいになった。(大盛)を新たにし、高山をあとにする。
.2.17 春大会の論題が発表される。「日本はすべての原子力発電代替発電に切り替えるべきである(切り替えは2020年までに行うこととする。)」
.2.18 資料収集、及びリンクマップ作成、始まる。急に忙しくなる。分割作成方式のはじまり。
.2.29 400年に一度の下2桁00年のうるう年を迎え、感動を覚える。
.3.11 論題研究会&練習会。ルール変更が伝えられた。練習試合のほうは、横須賀・高山西連合チームと対決し、3対0で勝利するも、自分たちの立論の未熟さを痛感する。
.3.13 非公式に桑名高校と対戦。1対0で勝利するも、やはり立論不出来を実感。
.3.18 JDA大会のために夜行バスで東京へ向かう。
.3.19 浅草寺必勝祈願し、湯島天神合格祈願をし、駒場教科書を買う。夜は立論つくりに勤しむ。
.3.20 JDA大会当日。行ってみると東海地方の高校ばかりで驚く。第1戦目は創価雄弁会Dとの対戦で、かなり盛り上がったものの、僅差で敗れる。(1対0)
第2戦目は私立一の進学校、開成高校開成学園Aとの勝負で、何とか勝利した。(1対0)成績は18チーム中12位だった。
.3.21 部昇格決定を受けて、新ロゴマークと部紹介ビラを作成する。
.3.22 新入生が学校にやってくる。部紹介のビラを推定120枚配る。
千種高校で練習会。東海高校Bと対戦するも、完敗。(3対0)否定側としての初敗戦だった。
.3.25 四日市高校、2チームで春大会に挑む!Aチームは初戦、因縁の横須賀高校(A)と対戦。四高は肯定側で勝利を得る。そして、2回戦、Aチームは昭和高校と当たり、肯定側で勝ちをえるが、Bチームは豊田高専に敗れる。Aチームの準々決勝の相手はセントヨゼフ高校と決まる。
.3.26 準々決勝戦。四高は否定側戦術ミス戦略的ミス混乱が重なり大敗を喫する。四高の列強入りは延期された。
.4.1 この日をもって、「四日市高校社会科学研究会」は正式に「四日市高校ディベート部」となる。また、それに伴い、人事が行われ、一部刷新された。
一方、この日の教員異動で、旧社研時代の顧問2人がともに他校へ異動し、新年度早々ピンチを迎える。
.4.9 新顧問就任の報に安堵する。
.4.10 入学式。新入生勧誘のため、ポスターやビラ攻勢を充実させる。
.4.13 新入生歓迎会論題「ドラえもんは22世紀に帰るべきである」ミニディベートを行う。ややウケた。
.4.18 部結成去年7月に逃亡した人物が復帰。2年生のうち一人は脱退。新しく入った1年生一名を加え、計7名で新生ディベート部は出発する。
.4.22 「21世紀のエネルギーを考える会、みえ」の記念講演に参加。その講演者M氏のサイン入り書籍を購入。
5月末 ディベ部伝」執筆始まる。
.6.11 抽選会。A・B両チームとも高山西高校と対戦することに。
.6.24 本選前大練習会「四高杯」を開催。オブサーバーを含む6校が参加。四高はセントと対戦し、勝利するも、高山西に敗れる。
.6.25 千種高校で練習試合。南山国際高校に勝利。
.7.16 東海練習会。一宮・千種・南山国際に勝利する。
.7.20 本選。初戦、高山西に敗れる。部長ら3人が引退。副部長が部長に就任
.8 文化祭(四高祭)での部発表と9月に行われるJDA大会の準備をはじめる。しかし、共にディベート甲子園と変わらない論題だったためか、過酷な夏休みの課題を終わらせるために部活は犠牲にされた。
.9.16 東海地方を襲った集中豪雨で文化祭日程が変更され、14日だったはずの部発表がこの日に延期。そしてこの日はJDA遠征の出発日だった。おかげで部発表とJDA大会が重なり深刻な危機を迎えたが何とか乗り切り、大会のメンバー3人は東京へ向かう。
.9.17 またも豪雨をくらう。ディベート部の乗ったJRの夜行列車が雨に降られて静岡でストップ。受け付けの9時半に間に合いそうもなく、新幹線に乗りかえ。さらに、東京で遠回りをしてしまい、タクシーに乗ってぎりぎり到着。

大会はかなり盛況だった。四日市高校ディベート部は「虎門扇子」チームとして出陣。第1戦目は創価高校と否定側で対戦、なんとか勝利。第2戦目は学芸大付属女子聖との試合、自信のあった肯定側だったが苦戦、僅差で勝ちを拾う。そして決勝をかけた第3回戦で東海・岐阜連合軍に否定側で大敗、夢はついえた。総合順位はというと、ポイントが低くて結局8位だった。

その後、総裁の要望で東大見学、赤門を拝む。そして深夜、夜行列車にて翌日の学校のため帰る。
9月末 ADC発行の「真実のディベート部」配布。また、部の手伝いとして非公式部員1名を招聘。
.10.1 東海高校の学園祭で行われたニコラス杯(キャリオン杯)に参加。三年抜きの初公式戦である。豊田高専に肯定側で勝利、千種高校に否定側で敗北の1勝1敗であった。とはいえ内容はなかなかで、今後の戦略にはプラスとなった。
.11.19 愛知県立千種高校で行われた千種杯にて見事優勝する。論題は「日本はたばこを禁止すべきである、是か非か」といった感じ。
1回戦は愛教大付属高校との否定側での対戦で勝ち、2回戦は夏に敗れた高山西高校と肯定側で戦い、雪辱をはらした。そして決勝戦は千種高校との試合。否定側で戦い、きわどいながらも見事勝利、優勝を確定した。
その後愛知県立図書館に本を返却、四日市に凱旋する。
.11.23 愛知県中小企業センターでのディベートスキルアップ講座に参加。ディベートの演習をした。この日、ヨゼフ杯の発表が行われたが日程が微妙なために参加は試験終了後のADC日程会議で決定される。
.11.26 新入部員の入部が内定、彼を含めた全部員(3名)による会議で急遽ヨゼフ杯参戦の方針に転じる。
.12.25、26 冬休みの再試期間だったが、せっかく再試を免れたのにディベート部はヨゼフ杯のため寒い中作業をする。
2001.1.9 学校が始まる。引退した部員一同から激励の年賀状が届き、部員一同気持ちを新たにする。
.1.13 ヨゼフ杯。引退した元部長のセンター必勝祈願と敬意をこめてチーム名を「TEAM・M岡総裁」とする。新入部員の初陣だったが、東海高校相手に完敗。その後三重高校との練習試合でなんとか勝利、帰路につく。
.2某日 新入生勧誘計画発足。ビライメージが決まり、文面も決定。部昇格後初の予算折衝の目標も破格の50000円に決定。
.2.15 2001年度論題発表。「日本は道州制を導入すべきである。是か非か。」である。
.2.16 予算折衝にてディベート部に初予算19000円がつき、歓喜する。
.3.1 四日市高校卒業証書授与式。ディベート部の偉大なる始祖たちに記念品を贈呈、別れを告げる。
.3.18 千種高校で開かれた論題研究会に参加、名大教授の道州制講座を聴く。その後練習会に参加し、南山国際高校に否定側で、東海高校で肯定側でそれぞれ勝ちを収めたが、むしろ問題点が浮き彫りになる。
.3.21 新入生説明会にて勧誘のビラ200枚を配る。
.3.24 東海地区春季ディベート大会1日目。正規部員3名(2年1人・1年2人)と助っ人1人(1年)、OB1人の計5人で金城学院大学へ向かうが、完全に遅刻して開会式は欠場。
新入生歓迎会での宣伝ビデオを撮影しようと試み、相手チームの好意により成功。試合はというと、予選リーグの2試合は千種高校Bに肯定側でなんとか勝利、余裕が出て次の横須賀高校Aに否定側で勝利。結局全勝してリーグトップで明日の決勝トーナメントへ進出。
.3.25 東海地区春季ディベート大会2日目。前日と同じメンバーで金城学院大学へ向かう途中、東京帰りの総裁はじめOB3名と出会う。そしてそのまま8人というディベート部史上最大の人数で決戦の場へ乗り込む。
1回戦で岐阜高校と肯定側で戦い、負けを確信していたが二反で持ち直して2対1で奇跡の逆転勝利、ベスト4を確定する。2回戦では豊田高専Aと否定側で戦うも立論が分かりにくく、完敗する。千種高校Aとの敗者決定戦(肯定側)でも立論は批判されたが、対戦相手も同様だったらしく、立論の格差で勝利を拾い、見事3位となる。
その後表彰式でADC初の「敢闘賞」以外の賞状とを頂き、さらに部長(二反)は反駁部門のベストディベータ―に輝く。
.4.9 入学式においてビラを200枚作成するも、推定50枚しか配れず失敗に終わる。
.4.12 新入生歓迎会。ビデオを上映するが、余計なしゃべりで会場を寒波で包み、昨年に続きまたしても失敗に終わる。
.4.13 ディベート部2回目の部結成。1名新入部員が加入、活動休止の危機を免れる。三年1名、二年2名、一年1名の計4名でスタートとなった。
.4.25 社研法に代わる新しい規範としてディベート部憲法を制定する。部長が草案を承認、5月より施行。
.5.26 四日市高校において論題研究会及び練習会が開催され、多くのディベーターを動員した。練習会で四高は2戦全勝
.6.19 部室前ベランダで部長の卒業記念クラブ写真を撮る。本来は3年のみだが、部員がいないので全部員(3人)と顧問で撮影。
.7.8 千種高校で開催された練習会に参加。東海、高蔵寺と共に否定側で戦い、共に完敗。準備不足を痛感させられる。
.7.20 東海大会予選。初戦は三重高校に否定側で勝利。2回戦、4強の南山国際高校に肯定側で判定2対1の僅差で勝利。この時点でベスト4が確定、四日市高校初の全国大会出場決定。その後、準決勝で千種に否定側で敗れる。
.7.22 NHK名古屋センタービルにて東海大会本戦。四日市は3位決定戦で高蔵寺と肯定側にて戦い、3対2の接戦をものにする。これにより四日市は東海大会3位となり、念願の列強入りを果たした(と推定される)。その後表彰式では何と質疑で副部長二反で部長がベストディベーターになる。さらに、東海3位の賞状・盾と悲願の認定状を得る。
.8.4 第6回ディベート甲子園開幕!神田外語大学で予選リーグに挑む。
初めての全国でディベーターの多さに圧倒されるも四日市は善戦し、北嶺高校(北海道)に肯定側、東海大学望洋高校(千葉)に否定側でそれぞれ3−0にて勝利。これで予選リーグ1位通過確定を決定する。
その後レセプションパーティーに参加後、東海地区のスタッフに指導をいただき、翌日に備える。
.8.5 予選リーグ3戦目。宮城学院高校(宮城)に否定側で2−1にて敗北。昨日順調だっただけに少し意気消沈。
その後決勝トーナメントでいきなりセントヨゼフとの同県対決、否定側で2−1の接戦の末敗れ、夏が終わる。
しかし部長・副部長は東京ビッグサイトで行われるディベート甲子園3日目のリハーサルとしてモデルディベートをさせてもらい、念願をかなえる。
.8.6 ディベート甲子園3日目が東京ビッグサイトで行われ、高校の部優勝は修猷館高校(福岡)に決定。
四日市高校も全国大会出場という貴重な経験を土産に、三重県へ帰還する。
.8.20 四高祭に向けて、ADC新冊子編集企画がスタートする。また、ディベート部憲法の改正案と新法案2つの3議題が承認され、施行される。
.8.28 ADC新冊子編集を行う。新冊子の名前は『詳説ディベ部史』と決定された。
.9 昨年11月に入部したと思われ、その後ディベート甲子園を機に正式入部した2年の部員にペンネーム「吉法師」が与えられる。また、部員の文章などを集めた広報誌「新しいディベートのはなし」編集計画も四高祭に向けてスタート。
.9.1 始業式でディベート部が初めて伝達表彰以外で表彰される。しかしハプニングが発生し、その喜びは怒りに変わった。
.9.10 K☆R家において『詳説ディベ部史』の編集と展示レポート『ディベート部全国大会への道』作成に励む。
.9.12、13 四高祭でディベート部の展示を行う。
.10.28 愛知県立千種高校での千種杯(バタマサ杯)に参加。論題は「日本は夫婦別姓制度を導入すべきである(強制)」といったもの。
吉法師は急用のため、シリウスと2人で参加。OB2名も同行。試合はというと、1回戦は否定側で千種に惜敗し、敗者復活1戦目で肯定側にて横須賀を破り、敗者復活2戦目で愛知勢の連合チームに負けるといった結果。総合6位(全8チーム)であった。
.11.3 中日ビル内の名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われたディベート講習会にシリウス・愚留米の2名が参加する。
.12.9 静岡市で行われたしずおかディベート大会(会場アイセル21)に部員3人全員で参加。論題は選択式夫婦別姓の是非。
初戦お嬢ちゃんとペンギンチームに否定側で大敗し、決勝進出は事実上不可能となる。その後咲桜チームに肯定側で辛勝。しかしポイント制によって一回戦の大敗から予想通り決勝進出ならず、1勝1敗に終わる。
2002.1.10 部長が以前から交渉を進めていた入部候補者がADC加入を決意、他の部員に通達する。
.1.11 引退された京矢総裁からの年賀状を発見、部員一同で感動する。
.1.20 セントヨゼフにて講習会と夫婦別姓論題の試合を行う。新入部員の初陣となった今回は1戦目で東海に肯定側で勝利し、2戦目で岡崎に否定側で敗北。コミュニケーション点を考慮した結果、四日市は総合2位であった。(岡崎・セントヨゼフと同率)
.1.30 同月10日からの新入部員のペンネームが「メルルーサ」に決定する。
.2.19 2002年度論題発表。「日本は遺伝子組み換え食品の販売を禁止すべきである。是か非か。」である。
.2.20 予算折衝が行われ、ディベート部は前年比約5.26%増の20000円(前年度実績19000円)の予算提示に調印する。
.3.1 四日市高校卒業証書授与式。2代目総裁の京矢先輩に記念品として目覚し時計賞状を授与する。
.3.3 名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われた論題研究会にシリウス・愚留米の2名が参加する。
.3.17 名古屋学院大学サテライトキャンパスでリサーチ・反駁を主体とした講座が開催され、部員4人とOB3名が参加した。
.3.21 名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われた練習会に参加。吉法師を除く3名で臨むが、東海に否定側で敗北、高蔵寺に肯定側でドローという結果に終わり、勉強不足を痛感すると共に今後への課題を得る。
.3.22 ゼミ室に新たにロッカーを導入、部屋を模様替えする。
.3.30 第6回東海地区春期ディベート大会がはじまる。18チームによる完全トーナメントである今回、四日市高校は初戦で豊田高校と肯定側で対戦する。結果は2対1で四日市の辛勝となり2日目に進むもスピーチへの評価は最悪で、3人ジャッジでコミュニケーション点6点という悲しい結果を残す。
.3.31 大会2日目。準々決勝となる第2試合は岡崎Aと否定側で対戦し3対0で勝利、これによりベスト4入りを果たす。準決勝では因縁の東海高校にあたり、否定側で2対1と一矢報いたものの敗北。そして3位決定戦では岐阜高校とこれまた否定側で対戦、5対0で勝利して昨年度と同じく3位に入賞する。
.4.8 入学式が行われる。ディベート部は新入生の下校を狙いビラ200枚を配る。
.4.16 新入生歓迎会で無難にスピーチを行い、無難な反応を得ることに成功する
.4.18 部の命運がかかった部結成で4名もの入部が確定し、歓喜する。
.5.18 金城学院大学で行われた練習会に参加。初のA・B両面作戦である。
A論題は南山国際・高蔵寺に否定側で敗北、さらに岐阜に肯定側で敗北と3連敗に終わり、他チームのレベルアップと構造改革の必要性を感じさせられた。一方B論題は岡崎・岐阜に勝利したが、課題はまだ多い。
.5.26 愛知商業高校で行われた練習会にA・B両論題とも参加。
B論題は両チーム初心者だったりした試合などもあり勝敗がつかなかったりしたが、A論題では非情にも前回対戦した南山国際に否定側でまたしても敗北し、そして高蔵寺に肯定側で1対1のドローと勝ちを挙げられず、底知れぬ不安に沈む。
.6.1 三重高校で行われた練習会にA・B両論題で参加。
B論題は東海と2戦してその壁の高さを味わった模様。A論題では否定で膳所高校・三重高校・岐阜高校に勝利し、肯定では高蔵寺と試合するも判定は特につけられず。学ぶものの多い練習会であった。
.6.2 名古屋学院大学サテライトキャンパスでの論題研究会に参加。
.6.22 東海大会予選。四日市高校史上初のA・B両論題の参加である。
A論題は抽選の結果競争率の激しい死のリーグに突入。岐阜高校との初戦では否定側を担当したが試合は厳しく、負けを確信していたが判定は3−0で勝利、一転して歓喜の渦に。B論題も南山国際高校に肯定側で3−0の勝利を収め、公式戦初勝利を得る。
.6.23 東海大会予選2日目。全国大会への切符がかかっている。
A論題は3回戦(四日市にとっては2回戦)で三重高校との同県対決。肯定側を担当しての激戦の末3−0で勝利し、ベスト4進出を決めて2年連続全国出場が確定する。またこのときB論題も強豪・千種に3−2で奇跡的な勝利を収め、結果的にA・B両論題で全国出場権を得る(ただし重複は無いためB論題の分はなし)。
この後A論題は準決勝で千種高校と否定側で対戦するが、やはり2強の壁は高く3−2で敗れ、3位決定戦へ。3位決定戦ではこれまた強敵の南山国際高校と肯定側で戦い、4−1で勝利を収めて昨年春から4大会連続3位の好成績でA論題の戦いは終わった。対してB論題は今日の勝利で決勝進出を決め、7月7日の東海高校との決勝戦に臨む。
.6.29 東海高校で行われたサタディ・プログラムの中のディベート講座で試合に参加する。午前に否定側・午後に肯定側で行われた東海高校との試合は2戦とも敗北するが、非常によい経験となった。
.7.7 東海大会本戦。A論題は表彰式のみ参加し、B論題はサマータイムの是非を論題に東海高校と決勝戦を戦う。
試合は四日市が肯定となり、接戦となったが2−3で惜敗し、準優勝に。しかし表彰式で四日市Bの第一反駁にベストディベーターとなり、ディベート部史上3人目の快挙を達成した。さらにはA・Bチーム共に図書カードをもらい部の財政が潤った。
.7.8 全国大会メンバーの選考を行い、メンバーを決定する。また、会議により1年生4人のペンネームを決定する。
.7.21 名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われたストラテジー講座に参加。午後からは千種と練習試合を行い、肯定側を担当するがいいところなく1−2で負け。しかし、厳しい講評から全国に向けて多くを学べた試合であった。
.7.25 あさけプラザという場所を借りて四日市での練習会を開催。三重高校が参加し、肯否共に試合をして2戦2分け。
.7.28 名古屋学院大学サテライキャンパスの合同練習会に参戦。1日4試合をこなし、東海・南山国際と肯定で、愛知商業高校・千種と否定で対戦。なかなかの試合が出来たと思います。(判定は練習試合なので東海戦で負けたことしか出ていない)
7.31 愛知商業高校で(四日市にとって)最後の練習会に参加。東海・愛知商業とそれぞれ否定・肯定で試合をする。
.8.3 第7回全国中学・高校ディベート選手権(ディベート甲子園)初日。四日市高校にとっては2回目の全国大会であり、部員一同万全の準備を整えて千葉・神田外語大学の地を踏む。
予選リーグ突破をかけた試合では伊那弥生が丘高校(長野)に肯定側で3−0で勝利、次いで北嶺高校(北海道)に否定側で2−1で際どく勝ち、リーグ突破に大きく前進する。その後のレセプションパーティーでは昨年の教訓を生かした食糧供給作戦で爆発し、大量の食糧を獲得。
.8.4 ディベート甲子園2日目。予選リーグ3戦目の熊本高校(熊本)と肯定側で対戦。ストレート負けでなければ決勝トーナメント通過の状況であったが結果は2−1で勝利、3勝してリーグ1位通過を決める。その後決勝リーグ1戦目では膳所高校(滋賀)と肯定で対戦、激戦の末2−1で勝利を収め昨年を越えるベスト8に。しかしここで東海高校が行く手を阻み、肯定側で挑むが1−2で惜敗し、四日市の夏は終わる。
.8.5 ディベート甲子園3日目。高校の部全国優勝は創価高校(東京)であった。
四日市高校もベスト8の結果を残し、全国大会を精一杯戦いおえて千葉を後にした。
.9.11,12 四高祭でディベート部の作成した冊子・『ディベート部「不」完全データブック』を配布、また展示を行う。
.10.29 東海高校で行われたパズタイ杯に新チームで出場。論題はこの年の中学論題と同じ「未成年の携帯禁止」だった。2試合とも東海チームというアンバランスな組合せで、1試合目は否定側で勝つも二試合目に肯定側で敗北し、決勝には進めず。
.11.16 東海支部初の試みである秋の高校ディベート大会に招待され、参加。論題は「日本はODAを大幅削減すべきである。是か非か」で、結果は三重高校に肯定側で1回戦敗北であった。
.12.10 チーム目標として『勝つまで負けろ!四日市!!』を採択する。意味は、「勝ったときも負けたときの気持ちを忘れない」というもの。
.12.21 東海高校でパズタイ杯Againが開催され、参加する。論題はODA削減論題。南山女子中学校チームに否定側で敗北し、最下位を決定する逆トーナメントに進出してさらに1敗する。時間の都合上最下位決定戦は無かったが、2敗という屈辱的結果に終わった。
.1.18 千種高校で千種杯が開催されたが、出場を予定していた四日市ではシリウスが親戚の訃報で戦線離脱し、準備が終わらなかったため出場を断念する。
.1.25 セントヨゼフで開催されたヨゼフ杯に参加。午前中は講習会に参加し、午後は全パート2分・準備時間なしの変則ディベートで試合を行い、飛影チームが3勝するなど一定の成果をあげる。
.3.3 今年度の論題が発表される。高校の部は『日本は積極的安楽死を法的に認めるべきである。是か非か』であり、98年の過去論題でもある。
.3.9 名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われた論題研究会に参加する。
.3.21 名古屋学院大学サテライトキャンパスで行われた練習会に参加。今年度の春大会は高校の部で28チームもの参加が予定される異例の事態で、この日も多くのディベーターで賑わった。四日市は南山女子高校・高山西高校に肯定側で勝利するが、否定側立論の未完成など課題は多い。
また、同日春大会の抽選会が行われ、四日市は予選因縁の岐阜高校と当たり、さらには西の黒船・修猷館高校とも対戦することになった。はっきりいってついていない。
8月中旬 一年前には三万円程あった部のお金が約5000円になっている事に気づく。
.9.15,16 去年と同じく、四高際で展示及び冊子『ADCプロファイル』の配布を行う。
.9.28 東海高校でチャールズF杯(論題は安楽死)が開催される…はずだったが、東海高校のディベーターの都合、及び参加予定校の都合により無期延期(事実上中止?)になる。
.10.5 秋のディベート大会『日本は、国連平和維持軍に積極的に参加すべきである。是か非か』が名古屋国際センターホールで開かれるが、四高は参加申し込みを忘れていたので参加できず。面白そうな論題だったこともあり非常に悔しがる。
.10.18 東海支部所属の市野ジャッジが講師の『ディベート連続講座』の第1回が金城大学で開かれる。大学内で迷うというハプニングも起こったが、講義内容の「現状を維持した未来」と「プランを導入した後の未来」を比べろ、というのは大変ためになった。
.11.22 『ディベート連続講座』の第2回が開かれたが、テストが迫っている事もあり、参加を断念。
.12.13 第1回三重県高等学校ディベート選手権大会が四日市大学で開催される。論題は『高等学校は高校生がバイクに乗ることを規制すべきである』。三重の覇権を得るべく戦い、決勝まで勝ち上がるものの三重高校に2−3という僅差で敗北。敗北そのもののショックに加え、準優勝と優勝の賞品の違いにさらに凹む。なお、この大会で部長飛影が反駁の部のベストディベーターに選ばれる。
.12.20 『ディベート連続講座』の第3回が大雪の中あいちNPO交流プラザで開かれる。『日本は国政選挙、市町村の議員選挙および自治体の首長選挙を電子投票に切り換えるべきである、是か非か』という論題が当日発表され、チームもシャッフルで決められた。講評時間が長い為講評をジックリと聞くことができ、様々な事を学ぶ事ができた。
.12.23 ゼミ室大改装計画を発動。この作戦の目的は壁や天上の色のせいで非常に汚く見えるゼミ室に様々の物を配置・設置し明るい感じにする事であった。…が、戦果はあまり上がらず
.2004.1.9 2003年度のディベ部の残り(未請求分)の予算がたった4500円である事に驚く
.1.11 千種杯が開催される。論題は『日本はサマータイム制を導入すべきである。是か非か』。資料が決定的に不足していたため非常に不安であったが、なんと決勝で東海高校を破り優勝する。さらに飛影がベストディベーター賞を受賞し、部員達は驚くばかりであった。
.1.16 来年度の希望予算を5万円に設定、提出する。
2月中旬 来年度の予算が2万3000円に決定。
.2.27 論題発表。論題は知っての通り『日本はすべての原子力発電を代替発電に切り替えるべきである。是か非か』。気分的にはちょっと微妙。
.3.13 論題研究会が行われる。代替発電の多さと春大会まで二週間という事実に危機感を覚える。
.3.20 春大会に向けての練習会が行われる。肯定側ではそれなりの試合を行えたが、否定側は準備の甘さが祟って試合内容がどうこうと言う以前のレベル。春大会まで一週間。
.3.27,28 春大会開催。自然エネルギー対策が間に合わなかったり東海、高蔵寺といった強豪と予選で当たった事が祟って決勝トーナメント進出ならず。
.4.16 部の将来を決めるとも言える新歓が行われる。ディベ部は『四高はテストを廃止すべきである。是か非か』という論題でミニディベートを行った。前日のリハーサルでは時間足りない・BGM無し・三人しかいない等の理由で寒い感があったが、当日では論題自体がそれなりに反応を得れるものであった事に加え、生徒会長たるzakuのカリスマ性が幸いしてヤバイ程盛り上がる
.4.19 部結成。少なくとも新歓においてはディベ部史上最も成功した様な気がするのだが、新一年生はゼロ。結構凹む。
.5.1 千種高校で練習会が開催される。四高は肯定否定でそれぞれ一回づつ戦い、肯定で負けて否定で勝利の一勝一敗。(少なくともこの時点では)肯定有利な論題なので、この成績は問題である。
.5.23 朝明プラザに三重高校&ジャッジを招いて練習試合を行う。否定で敗北した後、肯定で勝利。試合以外でも色々と楽しんだ。

現在もディベート部は元気に頑張ってま〜〜す


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