総裁のコラム

2000年8月12日(土) 更新分
 「責任」とは何か、とふと自分に問う.責任をとって職を辞する.これも一つの責任のとり方である.しかし、本質的な「責任」とは少しずれていると感じざるを得ない.失敗したものが責任をとるべき方法とは、「Last Chance」を生かすことができないのではないか。
 私は1999年7月20日の東海戦敗退の責任を果たす−四高の実績を上げる−ために代表任期延長措置さえも行って、ただひたすらディベートに打ち込んできた.強国に翻弄される弱小国の悲哀をなめつつも、四高の政治的発言力増大をいつも狙い、そして、そうすることが、あの日の「責任」をとることだと信じていた.

 しかし、それにも果たせず、時間切れで部を去ることになった.
ただ、私はこの部の未来について決して悲観はしない.
これからのディベート部はどうなるのか?
かつて、中国の三国時代に呉という国があった.
呉は孫堅が興したが、彼は黄祖に敗れ志半ばにして散る.
しかし、彼の長男・孫策は父の遺臣とともに勢力を拡大し、一大群雄となった.
孫策の弟・孫権は兄の広げた領土を数々の攻撃を受けながらも、守り抜いた.
この「呉」こそがこれからのディベート部の姿ではないかと思う.
2000年7月20日をもって、孫堅は死んだのだ.
そして、以後は孫策の時代であり、飛躍する時期なのだ.
孫堅が孫策に領土を残せなかったように、私も後輩に実績を残すことができなかった。
それが唯一の心残りである.しかし、君たちなら領土拡張も仇敵・黄祖の打倒も成し遂げてくれると信じている.
では。

    ”老兵は死なず。ただ消え去るのみ。”(Douglas MacArthar)


2000年4月25日 更新分
 1900年代最後の年に生まれ、21世紀最後の年にその役割を終えた。それが四日市高校社会科学研究会である。四日市高校において、その存在感は決して小さくはなかった。しかし今、ECがEUに発展したように、社会科学研究会はディベート部へと名実と共に進化を遂げた。小生はこの変化によって、「ディベ部」がさらに飛躍すると信じている。現在は部室も予算もない状態だが、これが長く続くとは思っていないし、思いたくもない。とにかく、一致団結して目の前の目標に向かおうと、考えている。小生は旧社研がディベ部に変わった2000年4月1日(土)、こう思った。

  『ここから、そしてこの日から世界史の新しい時代が始まる』(Johann=Wolfgang=von=Goethe)

硬い文ですいません。次はがんばります。

                                    ディベート部 代表取締役 部長  松岡 直樹



2000年4月9日(土) 更新分
 社研からADC(エイデックと読む)へと改称し、心機一転・意気揚揚な状況です。これまでの同好会であることを理由とする不当な(?)扱いもなくなると思えば、うれしい限りです。
 とはいっても懸念することがないわけでもありません。少し挙げてみますと、
        1.スムーズな世代交代が出来るか
        2.部員は何人入ってくるのか
        3.予算はいくら獲れるのか
などがあります。それぞれについて個別に見ていきましょう。
 まず、1.について、これはひとえに私の責任なのですが、私の部長任期が8月第一日曜日まで延長されることが規定路線でありまして、果たして第2世代(新2年生)がうまく継承していけるのかということが、つい最近まで大きな課題だったのです。(前にも述べましたね)ところが、その心配は第2世代のリーダー、すなわち次期部長候補のすさまじい働き振りによって一気に払拭されました。彼は私と同じキャリアを持っている、次世代のホープです。
 さて、2.についてですが、これは私にもまったく見当がつきません。まさに「人事を尽くして天命を待つ」ほかないようです。多ければ多いほどうれしいのですが…
 最後に3.については、今年部費0円という非常に厳しい状況だったので、次期部長に交渉を伝授し、実績を盾に取り、2年分くらいの部費を獲得したいと思っています。まあ、どうなるかはわかりませんが。
 このコラムを多くの方が読んでくれることを祈って、しばしの休憩の挨拶とさせていただきます。

                                     ADC 代表取締役部長兼執筆相  松岡 直樹



2000年3月3日 更新分
 社研も発足から一年を過ぎ落ち着いてきたところで、やらなければならないと思うことは、
     1.大会で好成績を残す。(至上命題?)
     2.部室の確保(死活問題)
     3.部昇格(悲願)
     4.新会員の入会(まず何よりも)
 この4つですが、4月ごろから受験期に入り、第1世代(現在2年生、6人程度)のうち、どれだけの人が残っていけるのかという問題があり、急激な世代交代は第2世代(現在1年生、2人)に大きな負担を強いることになるのではないかと考えました。その結果、私は河合塾進学も辞さない構えで、夏大会まで最前線で戦うことにしました。
 その上で、上記4つの命題もクリアーしていこうと思います。すべては第3世代(新1年生)の量と質にかかっているわけですが、それを教育する仕事もありますので、もう少し、この社研に奉仕させていただきます。そもそも、小国が生き残るにはまず何よりも知略策略でありまして………(あまりにも長いため以下は省略します。)
 
          <社会科学研究会、代表兼執筆担当相、投稿>


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