| 2002年4月19日(金) 更新分 「月日の流れは先輩を変える」 |
| 常闇(とこやみ)のゼミ室に入門してはや一年。私は今、新入生を待つ立場にある。 部活にだけ関して言えばこの一年は短かった。入部当初、先輩には‥‥‥‥‥‥‥ 褒められた、褒められた、少し怒られた。褒められた、褒められた、怒られた。 全国に出た。二学期が始まった。褒められた、怒られた、けなされた。褒められた 怒られた、けなされた。三学期が始まった。褒められた、怒られた、怒られた。 褒められた、怒られた、怒られた、叩かれた。そして、高校二年生になる。先輩には、 怒られた、けなされた、叩かれた、褒められた。怒られた、けなされた、怒られた、 叩かれた、怒られた、無理難題を出された、怒られた、そして褒められなかった‥‥‥。 こんな日々を送りながら時を過ごしていった。 その間にも部結成は刻々と迫っていた。私は心配だった。果たして青い果実達はあの説明でこの部活に入ってくれるのであろうか?そもそも興味を示してくれた人が一人でもいたのであろうか? いや、そんなことはたいした問題ではない。そんな事より一体どんな格好で果実達を待てば良いのだ。やはり、寝ころがって迎えるのは無粋だし、そんなことをしたら先輩に簀巻きにして外に放り出される。かといってただ座って待っているのも芸がない。 まさかどこかの先輩じゃあるまいし、椅子の上で正座して待てとでも言うのか。そんなのは一人で充分だ。ああ、悩む。何しろ、これがゼミ室に入ってきた果実と私の初めての出会いになるのだ。 じっくり考えた末、「新入生より後に入ってくるしかない。」という結論に至った。なんとすばらしい思いつきだ。それならもう座り方で悩まされなくて済む。そうだ。そうすれば良かったのだ。簡単なことだ。あらかじめ、付近に隠れて待機し、果実が入るのを見届けて十秒たったら入る。「遅れました。」と。 はあ、良かった。これで今日はゆっくり眠れる。 余談だが、今日先輩の一人が部活の終わりにこう誓った。「明日の部結成で一人も入らなかったら‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥シリウスの首を絞める!」 |
| 2002年2月22日(金) 更新分 「30年後の日本」 |
| ・クローン人間は替え玉に役に立つのだろうか?本当にクローンなら実力以上は望めないのだから風邪の時の代わりにしかならない。そうなると、私にはクローン人間の利点が分からない。どうせ作るのだったら、クローン牛や豚の方がよっぽど使えるのではないか。 ・30年後は私にとっては果てしない先に思える。それは私だけではなく世の中にとっても長いだろう。総理は変わるだろうし、今話題になっているあの人も思い出になってしまうだろう。今はただ、新聞を見て適当なことを言っている高校生が立派な社会人となる。守ってもらっていた人達が守る側になり、戦ってきた人たちは年をとり、守ってもらうようになる。 ・私は一刻も早く車の免許が取りたいのだが、もしかしたら車は現在の車とは全く違ってしまっているかもしれない。30年じゃ難しいが空を飛ぶ事も可能かも。そうすれば渋滞もなくなる。その代わりに空中で衝突事故が起こるようになる。バンパーが上から降ってくれば誰でも驚く。 ・気象関係も間違いがなくなるかもしれない。この部門は進んでいる日本でも間違いはある。もし確実な天気予報ができるようになれば、コンビニに傘は必要なくなるだろう。 ・家庭の中でも大幅な変化が。一家に一台家政婦ロボットが出来て、専業主婦はきっと廃業となるだろう。 ・やがて、原子力に代わって今までにない新しい力が見つかる。もしくは、火力か太陽熱が頑張るだろう。原子力に身を委ねていたら日本は爆弾を枕にして寝ようとしているようなものだ。 ・学校のクーラーの不備は30年後どうなっているのだろう。私自身には関係無いが、付いて欲しい。と願う。それとも自宅学習になるかも。 一瞬先すらわからないのが人生なのに、まして30年先は途方もない迷路だ。難しい。けど、その迷路も今、少しづつ進んでいって近付いていっている。そして、30年後にこんな馬鹿な事も考えたと笑えるだろう。 |
| 2001年10月24日(水) 更新分 「シリウス人生記」 |
| 急に自伝を書けといわれても僕にはあまり語るべき事がないように思われる。 1985年に江戸にて生を受け、「強くなるように・・・(本名は筆者との協定により伏せます)・・・でいいんじゃない」とその一言で我が人生は始まった。 幼少の子供とは誰でも一度は「この子は天才なんじゃないかしら?」と親を喜ばせることをやってのける。ある子は小さい時から人一倍早く歩き始め、またある子は、人一倍早く字を覚える。 僕の場合は・・・・、やめておこう。こんなものは人様に話せる事じゃない。 保育園には僕は行かず、その間は児童館に行っていた。友達もいたし、不満は何もなかった。そのまま小学校へ入学し、問題なく成長していくはずだった。そう、あの日までは・・・・・・。 あの日は急にやってきた。 僕は二週間位前から小学校で劇の練習をしていた。鬼の役で、楽しみにしていた。 そして運命の日、朝心地よく目覚めると、お母さんの一言、「引っ越すわよ。」 僕は「・・・・・。えっ?」何を言ったのか理解不能だった。その日荷物をまとめて僕は、6年ちょっといた家を離れた。念のために言っておくが、決して夜逃げやそういう類のものではない。断じて、そうではない。だとすると理由は・・・・・・・。言えない。これは我が家の国家機密(トップシークレット)なのでたとえ自伝といえどもこれは語れない。 まあ、そんなこんなで僕は楽しみにしていた鬼の役と鬼のかつらを捨て、伊予のおばあちゃんちへ移り住んだ。勉強は簡単だった。前やっていた事を平気な顔して皆と受けた。一回受けたテストなんだから100点は当たり前だろ。 ちょっと、おばあちゃんちから離れた所に家を借りた。学校へ徒歩10秒だった。 伊予へ来て、一年で、また引っ越した。そこが、今住んでいる伊勢、別名三重県。 僕は内弁慶だが、変な所で自己主張が強いので、四年生の時、クラスのガキ大将から「子分になれ」と言われた時はっきり「嫌だ」と言った。クラス全員そいつの子分なので、僕はしばらく仲間外れになったが、別に本を読んでいれば休み時間は過ぎるので問題なかった。 五・六年は、友達もたくさんいて楽しかった。小学校の最後に生徒会長で推薦で出た。元々、皆を引っ張る仕事は大好きなので一生懸命戦った。結果は三票差で二位だった。その後、一位で当選したG君が四年生にお菓子を贈賄したことが発覚したが負けは負けだった。 中学へ進む。文化祭の指揮者に立候補。式の楽しさに味を占め、その後三年間指揮者の地位は手放さなかった。(ちょっと偉業) 中二は今まで出一番の友達を見つける。中学最高の年だった。球技大会は雪の中でやって寒かったけど、楽しかった。 中三の受験は我ながら頑張った。まあ、中一の時遊びでどこかの模試を受け、数学の偏差値が40.0の時は、本当に中学浪人するかと腰を抜かしたが、一応、僕が入れる高校の中で一番良い高校(私立は除く)に入ったんだから、とりあえず「よし」だ。 ところで、僕は、考え方と性格がおかしいとよく人に言われるのだが、僕はいたって普通で、狂人でもなければ変人でもない。ただ、人が被っている仮面を、僕は一枚か二枚持とうとしないだけだ。 例外として、僕がすぐ言いたい事をつい言ってしまうのは僕の人間ができていないせいで、そこの所は常日頃反省している。 僕が四高に入って数日たって、いよいよ部登録の日。 最初、学校説明会で吹奏楽部の演奏を聞いて感動し、指揮者の誘惑もあって入ろうかと思ったが、そこで気になったのが、M岡先輩の作ったディベート部だった。 思えば、なぜあんな馬鹿なことをしたんだろうと悔やまれる。 僕は吹奏楽部のプレハブではなく、「近い・暗い・少ない」のディベート部の部室ゼミ室へと足を運んだのである。そこはどす黒かった。あの感じは今の状態を予期した僕の予知能力だったんだろう。確かに黒く、暗かった。別にそこにいた浸りの人間が暗いわけじゃなく、本当に照明が暗かったのだ。 「我が教室からは近いが、日当たりが一日中悪いため、暗く、そして決定的に部員が少ない」 こんなディベート部は、そのドアを入ってくる部員の少なさから極度に注目される為、一度開けたドアをまた閉めることは出来ず、進む事を余儀なくされた。 蟻地獄は一度入ったら抜けられない。後悔と恐怖心と疲れと悩みと脱サラがつきまとう。 けれど、住めば都も世の中にはあった。いや、あちらが変わったんじゃない。こちらが変えさせられた。 四高は、国語は簡単だった。世界史は難しかった。理科と先輩は変だった。数学とOBはわけが分からなかった。 昼寝してたら夏になり、連帯感全くなしでも強い一反と二反は、「部員揃えりゃ全国だぜ」と自由に向かってはばたいていった。 全国のジャッジ・ディベーターに会って、皆頭がいいんだなあと関心すると同時に、うちの先輩もすごいんだ、と再確認。結果はどうであれ、僕にとってもとても大きな全国だった。 もう9月が終わった。早すぎる。 受験の話が出た。もうたくさん。 僕は今まで精一杯生きました。後はゆっくり余生を過ごさせてください。 それではお休みなさい。 |
| 2001年7月27日(金) 更新分 「シリウスの超偏見的で差別的な人生観」 |
| (正しい心を持った人は、これは醜いので見ないほうがいいと思います。) 「世の中は金。やさしいだけじゃ食ってけないし、生きてけない。」これは、僕の持論であり、真理である。昔の「弱肉強食」は腕力が強いか弱いかだったが、今の「弱肉強食」は金の力が多いか少ないかである。現代は、法に守られた世界であり、人を殴り倒して大将だ、などというバカな事は許されない。だが、大金をもった大企業が、小さい下請けを、財力をもってつぶすのは許されるのだ。いきなり話が飛んでしまったが、つまり現代の強者のバロメーターとは、どれだけ金を持っているかである。考えてみればすぐわかることだ。今、何をするのも金・金・金・金。もう、人間は現代を生きてるだけですでに金の亡者だ。 ここで、例を出して、検討してみる。どちらが、現代においてすばらしく豊かに生活していけるか?いや、どちらが生きていけるか?でもよい。 Aは、予想通り金の亡者で、いつか大金持ちになるという野望を持っており、やさしさの心などひとかけらもないし冷酷だが、現在貧乏な人間。 一方Bは、ボランティアで、少しでも多くの人を助けてあげたい。と日々努力している、僕からすれば涙が出るほどアホらしい貧乏な人間。 第一段階 A:「人の事など少しも考えず、平気で、ほかの企業を陥れ、のし上がっていく。」 B:「汚い家に住み、バイトと内職でクタクタになっても、それにさらにボランティアをする。」 第二段階 A:「ライバル産業の新製品を盗み、見事、大企業にのし上がる。」 B:「どんなに頑張っても、生活費を切り詰めても襲いかかってくる生活苦。」 ボランティアに時間を費やしている分Aより時間が少なく、しかも、不定期(?)なので、正社員にはなれない。 第三段階 A:「長者番付に名を連ね、世界有数の株主王になる。」 B:「ついに大家から追い出され、路頭に迷う。そして、駅の周りでアルミの入れ物を置いておき、自然に金がたまるのを待つ。ついに、生活不能となり、その後・・・・・THE END。」 これは一番極端な例であり、現実にはAが事業に失敗してBより貧乏になるかも知れないし、Bがたまたま道端で道路に突き飛ばされたおばあちゃんを助けて、家に呼ばれ、孫に気に入られ、そこで養子→そこは、銀行王の一族→成金王。 そんな場合もあるかも知れない。だが、結局、何がその人の価値を決めるかといえば、初対面なら@顔Aなりである。そりゃ結婚するとなれば、性格も考慮する要素になるだろう。しかし、金も必ず入ってくる要素である。世の中には、人の幸せをこれとは別に考え、精神面の中の一つを一生追い求める(極める・悟る)人達もいるだろう。ブッダやキリスト、孔子(?)などがそうだ。また格闘家などもその部類だ。しかし一言いいたい。「じゃあ、お前達、一文なしで、この世の中でちゃんと生活してみろ。」生活できるか?答えはNOである。なぜか?お金なしじゃ人間は何一つまともな方法で物を得られないからである。それは死と直結する。世の中、命が一番大切だが、それを保つには、金が不可欠なのである。 僕にはモットーがけっこうある。その中のいくつかを最後に紹介いたしますまず、初対面の人には、2つ。「人を見たら泥棒と思え。」「甘い話には裏がある。」 そして心の中の真実は「お金は至上のものではないが、至高のものである。」 話が飛びすぎて自分でもよく分からなくなってしまいました。すいません。最後まで読んでいただいて(最後だけ見た人も)ありがとうございました。 あと最後に僕は今の腐敗した政治をそれ程、いや全く反対しておりません。いやむしろ・・・・・。 |
| 2001年7月7日(土) 更新分 「勉強とは何か?」 |
| まず、自己紹介をしよう。私の名はシリウス。今年この四高に超ギリギリ(?)で入った一年である。趣味は読書(推理小説)、ゲーム(スーパーファミコン)。いかにも根暗のオタクかマニアっぽいが私は少なくともオタクではない。(マニアではあるかも知れない。)まあ、あえて言うなら、ジョジョ・幽遊白書・スラムダンク・ドラゴンボールZ(GTはあまり好きじゃない)マニアだ。 今回は、あまり気が乗らないのに、とある先輩に強引に言われて(強制)書かせられている。今回は、書くネタが思いつかないので、この高校の勉強についていろいろ書こうと思う。 勉強とは何か?(ちなみに箇条書きになったり話がいきなり飛ぶところは私の文才のなさです。許してください。) 国語 夏の宿題多い。国語とは、いかに数多く本を読んでいるかがその人の力になるのであって、決してテスト勉強で養われるものではない。(特に現代文。)私が常日頃不思議に思うのは「なぜ日本人が苦手な科目のトップが国語なんだ。」 国語より英語の方がまだマシ。なんてお前ら一体なに人だ。 数学 嫌い。むかつく。うっとおしい。落ち着いて考えれば分かるハズだ。実際世に出て、特別な専門の仕事をしない限り、必要な科目が一体どれだけある。数学は四則演算だけで充分。だけど、結局のところ、テストが悪い自分に、言い訳しているに過ぎなかった。 理科 少なくとも、私が今までに習ってきた理科の先生は、変人しかいなかった。そのおかげ(?)で、私は、理系に行く気が全く起こらず、文系に決め、今、こうしてディベート部の部室で、横で先輩たちがマンガを読んでいるのに、一人寂しく書かせられている。でも、おそらく受験の合否は理科の点数が大いに貢献したのだから良しとしよう。 社会 世界・日本史は全く必要ナシ。これは、高校生過半数以上の意見のハズだ。だけど、こんな考えだから、テストもヤル気なし。まあ、それが今こうして、僕のテストの右下に数字となって現れている。自業自得と思う人もいるかも知れないが、自分の嫌なものは、仕方ない。「好きこそものの上手なれ」だ。 逆に、政経はまだ、ヤル気が起こる。少なくとも、ネアンデルタール人やマルクス=アウレリウス=アントニヌスがどうしたこうしたよりは小泉首相や田中外務大臣が何々した、の方ヶまだマシ。それにさすがに討論する部に入って、「最近のことは分かりません。」「政経は真っ赤っ赤です」は少しマズい。ような気がする。 まだ、先輩達は楽しそうにマンガを読み続けている。 英語 「補習にかかりませんように。」「いや、無理だ。お前は補習行きだ。」私の頭の中は今、ドラゴンボールZハイパーディメンションのミスター・ブウの裏技と英語の補習か否か、ということしかないと言っても全く過言ではない。(むしろ、その通り。) 【証明】私は英語が嫌なのに、なぜ、英語をしなきゃいけないのか? 今、国際化が進み、どんどん外国人との交流の機会が増えている。その時、共通語として一番確かなのが英語だからだ。→どうしても必要か?→一生、引きこもって、日本語しか話せない家族しかいない家の中にいる場合のみ必要ない。(来客も英語は使えない。)→そんなの無理です。私には。(探せば、いるかも知れないけど。)→じゃあやっぱり英語は必要だ。証明終了。 このようにして、文系に言っても、理系にわざわざ逃げてもしつこく追っかけてくるのが英語だ。本当に英語は嫌だ。点数が取れない。(勉強不足もある。)でも、こんな私の中に将来、アメリカに絶対行く。という私も潜んでいるから分からない。 体育・家庭・音楽 (面倒くさいので3つまとめて書きます。本当は書かなくてもいいんだけど。) 体育は、努力ではない。才能だ。私は、体育には努力は1%しかないと断言する。 例(実名はマズイのでイニシャルで出す。Iが多いのは、たまたまです。 I君は、短距離は爆発的に早いのだが、水泳はブクブクと沈む。N君は全般的に何でも得意だ。I2君は、握力、短距離走が得意だが、長距離はあまり得意じゃない。I3君は、長距離得意で、短距離苦手。T君は、水泳が得意ジャンプ系大嫌い。そして、全員に聞いたところ、「得意分野はあまり苦労していない。苦手な分野は、頑張ってるけど、ある程度以上伸びない。」 運動が苦手な人たち、これが悲しい現実だ。私が聞いた人は、皆運動部の選りすぐりだ。だが忘れちゃいけないのが1%の努力があることだ。これは、運動が出来ない人たちへ向ける絶望、いや希望のメッセージだ。諸君あきらめちゃいけない。1%であがいてみれば成績2が3や4に化けるかもしれない。(5には悪いけど、絶対に才能がない限り、届かない。) 家庭は、イラない。自分で覚えるからいいよ。バイバイ。 音楽も才能だが、体育と同じ。1%で成績を上げよ。 ここまでの意見で、不満や違う意見が多いかもしれない。すいません。許してください。もう言いません。・・・・・初めてなので、書きたいことを書いてみました。 |